2009年06月22日
ブログ停滞中m(__)m
こんばんはm(__)m
一応生きてます。またまたつなぎ記事で失礼しますm(__)m
最近、ガス欠でどうしようもないですが、更新ペースが月一回に成り下がってまして、周囲の人間から「どうしたんだ?」と言われる始末m(__)m
とりあえずこれからも続けますので、今後ともよろしくお願いしますm(__)m
お詫びにyoutube動画を・・・
・・・と言うか、今回もやっぱりボクシングです(^^;)
70年代後半から80年代前半にかけてライトヘビー級で旋風を巻き起こした激闘王マシュー・サアド・ムハマド(Matthew Saad Muhammad)のハイライトをお送りします。
本名はマックスウェル・アントニオ・ローチ(Maxwell Antonio Loach)と言い、その後マット・フランクリン(Matt Franklin) → イスラム教に改宗してマシュー・サアド・ムハマドという改名歴の持ち主です。最初の改名については、5歳の頃母親と死に別れ孤児となった際、拾われた公園の名前からフランクリンと名付けられたという逸話が残っています。
現役時のマシューの写真や映像を見ると、漆黒の黒豹のような筋肉質の肉体、試合中でも時折見せる親しみやすい笑顔、両腕を高々と上げたビクトリーポーズが印象的です。
そんなマシューですが、試合では体中の血が高速でグルグル回るような、エキサイティングな逆転劇を数多く演出しています。
どの試合でもロングレンジからボールを投げつけるような強烈な左右ブローを相手に食い込ませています。ですが、マシュー自身も同じくらい相手のパンチを食らっています(^^;;)
下の画像は1979年8月18日に行われた対ジョン・コンテ(John Conteh)第1戦の様子です。飛び散る汗が試合の激しさを物語っています。

見方によっては相手の攻撃をすべて受け切って最後は勝つ、言わば「横綱相撲」のような戦い方ですが、これでは体がいくつあっても足りない気がします。マシューは一つの体で相手の猛攻に耐え抜きました。
まさに「肉を斬らせて骨を断つ」スタイルでWBC王座を8度も防衛し、その間には驚異の7連続KO防衛も成し遂げています。
映像に出てくる対戦相手はマシューと同じく黒人が多いので、初めて見る方には誰がマシューか分からないと思いますが(--;)、前半ボコボコに殴られていても最終的に立っている方がマシューです(^^;;)
この映像では、冒頭のエディ・ムスタファ・ムハマド(Eddie Mustafa Muhammad)との額をつけ合ったスゴイ睨み合いと、6分30秒以降のアルバロ・ヤキ・ロペス(Álvaro Yaqui López)第2戦(リング誌 1980年度ファイト・オブ・ザ・イヤー選出)が特に最高です。
どうぞ!
「Matthew Saad Muhammad Tribute」
URL: http://jp.youtube.com/watch?v=jIABKl7qKn0
・・・そして、こんなに殴られても本人はまだまだ健在ってところがまたスゴイ(^^;;;)
ところで、ここで恒例のボクシング専門誌「The RING」1994年5月号92ページ特別版の登場です。ライトヘビー級のオールタイムランキングを見てみると・・・。
1位 エザード・チャールズ、2位 アーチー・ムーア、3位 ボブ・フォスター、4位 ジーン・タニー、5位 トミー・ローラン、次点① ビリー・コーン、次点② マイケル・スピンクス、次点③ バトリング・レビンスキー、過小評価 ジョン・ヘンリー・ルイス、過大評価 ビクトル・ガリンデスの順となっています。
・・・なんと、残念ながらマシュー・サアド・ムハマドの名前がありませんorz
しかしながら、比較的長い歴史を持つこの階級でベストテンに選ばれるのは並大抵のことではありません。このメンバーはいずれも歴史に残る強豪で、その半数以上がヘビー級での実績を持ち、エザード・チャールズ、ジーン・タニー、マイケル・スピンクスの3名がヘビー級王者になっています。
ちなみに、ライトヘビー級の名王者であるジョルジュ・カルパンチェ(「蘭の男」と呼ばれたフランスの色男)、ジョーイ・マキシム(シュガー・レイ・ロビンソンの挑戦を退けたタフガイ)、ホセ・トーレス(マイク・タイソンを育てたカス・ダマトの初期の傑作)等も選外に漏れています。
マシューの場合、世界チャンピオンとしての在位期間が2年程と比較的短く、加えて最終戦績が58戦39勝(29KO)16敗3引分で負け数が多いことが評価を下げた原因になっています。
それでも、数々の激闘を乗り越えてきた現役生活が高く評価されて、2006年には国際ボクシング殿堂(IBHOF)入りも果たしています。

マシューのボクシングにはプロボクシングの醍醐味が詰まっています。また、王座獲得後に実の父親と再会を果たしたというドラマチックな人生も素晴らしいです。
自身に降りかかる幾多の苦難にも関わらず、明るく爽やかに振る舞う彼の笑顔とその勇姿に強い感銘を受けます。
僕もマシュー・サアド・ムハマドのような男になりたいです。
・・・というか、ブログの更新は今しばらくお待ちをm(__)m
画像出典:PHILLY BOXING HISTORY Photo Gallery - Saad Muhammad
http://www.phillyboxinghistory.com/galleries/gallery_saadmuhammad.htm
(2009.6.24、2009.6.30記事修正)
※ 動画・画像・リンク先等の提示は、あくまでも紹介の範囲内という認識で行っています。不都合が生じる恐れがあればすぐに削除しますので、お手数ですがご指摘のほど、よろしくお願いします。(文中敬称略)
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とりあえずこれからも続けますので、今後ともよろしくお願いしますm(__)m
お詫びにyoutube動画を・・・
・・・と言うか、今回もやっぱりボクシングです(^^;)
70年代後半から80年代前半にかけてライトヘビー級で旋風を巻き起こした激闘王マシュー・サアド・ムハマド(Matthew Saad Muhammad)のハイライトをお送りします。
本名はマックスウェル・アントニオ・ローチ(Maxwell Antonio Loach)と言い、その後マット・フランクリン(Matt Franklin) → イスラム教に改宗してマシュー・サアド・ムハマドという改名歴の持ち主です。最初の改名については、5歳の頃母親と死に別れ孤児となった際、拾われた公園の名前からフランクリンと名付けられたという逸話が残っています。現役時のマシューの写真や映像を見ると、漆黒の黒豹のような筋肉質の肉体、試合中でも時折見せる親しみやすい笑顔、両腕を高々と上げたビクトリーポーズが印象的です。
そんなマシューですが、試合では体中の血が高速でグルグル回るような、エキサイティングな逆転劇を数多く演出しています。
どの試合でもロングレンジからボールを投げつけるような強烈な左右ブローを相手に食い込ませています。ですが、マシュー自身も同じくらい相手のパンチを食らっています(^^;;)
下の画像は1979年8月18日に行われた対ジョン・コンテ(John Conteh)第1戦の様子です。飛び散る汗が試合の激しさを物語っています。

見方によっては相手の攻撃をすべて受け切って最後は勝つ、言わば「横綱相撲」のような戦い方ですが、これでは体がいくつあっても足りない気がします。マシューは一つの体で相手の猛攻に耐え抜きました。
まさに「肉を斬らせて骨を断つ」スタイルでWBC王座を8度も防衛し、その間には驚異の7連続KO防衛も成し遂げています。
映像に出てくる対戦相手はマシューと同じく黒人が多いので、初めて見る方には誰がマシューか分からないと思いますが(--;)、前半ボコボコに殴られていても最終的に立っている方がマシューです(^^;;)
この映像では、冒頭のエディ・ムスタファ・ムハマド(Eddie Mustafa Muhammad)との額をつけ合ったスゴイ睨み合いと、6分30秒以降のアルバロ・ヤキ・ロペス(Álvaro Yaqui López)第2戦(リング誌 1980年度ファイト・オブ・ザ・イヤー選出)が特に最高です。
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「Matthew Saad Muhammad Tribute」
URL: http://jp.youtube.com/watch?v=jIABKl7qKn0
・・・そして、こんなに殴られても本人はまだまだ健在ってところがまたスゴイ(^^;;;)
1位 エザード・チャールズ、2位 アーチー・ムーア、3位 ボブ・フォスター、4位 ジーン・タニー、5位 トミー・ローラン、次点① ビリー・コーン、次点② マイケル・スピンクス、次点③ バトリング・レビンスキー、過小評価 ジョン・ヘンリー・ルイス、過大評価 ビクトル・ガリンデスの順となっています。
・・・なんと、残念ながらマシュー・サアド・ムハマドの名前がありませんorz
しかしながら、比較的長い歴史を持つこの階級でベストテンに選ばれるのは並大抵のことではありません。このメンバーはいずれも歴史に残る強豪で、その半数以上がヘビー級での実績を持ち、エザード・チャールズ、ジーン・タニー、マイケル・スピンクスの3名がヘビー級王者になっています。
ちなみに、ライトヘビー級の名王者であるジョルジュ・カルパンチェ(「蘭の男」と呼ばれたフランスの色男)、ジョーイ・マキシム(シュガー・レイ・ロビンソンの挑戦を退けたタフガイ)、ホセ・トーレス(マイク・タイソンを育てたカス・ダマトの初期の傑作)等も選外に漏れています。
マシューの場合、世界チャンピオンとしての在位期間が2年程と比較的短く、加えて最終戦績が58戦39勝(29KO)16敗3引分で負け数が多いことが評価を下げた原因になっています。
それでも、数々の激闘を乗り越えてきた現役生活が高く評価されて、2006年には国際ボクシング殿堂(IBHOF)入りも果たしています。

マシューのボクシングにはプロボクシングの醍醐味が詰まっています。また、王座獲得後に実の父親と再会を果たしたというドラマチックな人生も素晴らしいです。
自身に降りかかる幾多の苦難にも関わらず、明るく爽やかに振る舞う彼の笑顔とその勇姿に強い感銘を受けます。
僕もマシュー・サアド・ムハマドのような男になりたいです。
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画像出典:PHILLY BOXING HISTORY Photo Gallery - Saad Muhammad
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タグ :ボクシング
2009年06月07日
FMよみたん2分の1周年パーティー

こんにちは~。いつもお世話になっているコミュニティFM放送局「FMよみたん」がめでたく半周年を迎えたということで、題して「FMよみたん2分の1周年パーティー」を開催しました。僕も行ってきました!
約100名ほどの参加があったでしょうか。かなりの盛り上がりでしたv(^^)v
最後は、ナオキ屋さんが歌うFMよみたんテーマソング「ナナジュウハッテンロック」の生演奏で大爆発!v(^^)v
メチャクチャ盛り上がってしまい、思わず僕もディープに踊ってしまいました(笑)
詳細はのちほど報告するので、よろしくお願いしますm(__)m
そしてただいまから、FMよみたん78.6MHzで毎週日曜夜9時から放送中のラジオ番組「フルムンジョーグー RADIO-SHOW @よみたん」の31回目の放送に臨みたいと思います。
この番組は、いかり~さんと僕の二人が、1950年代から80・90年代頃までの 様々なジャンルの「気持ちイイ~音楽」を強引にお届けする音楽プログラムです。
リクエストも受け付けてますんで、fm786@fmyomitan.co.jp までよろしくお願いしますm(__)m
ちなみに今日はモップスやCCR、バナナラマ等を予定しています。脈絡は全然ないですが(^^;)
・・・ということで、今日のYouTube動画はやっぱりこれでしょう!
FMよみたんテーマソング「ナナジュウハッテンロック」の原曲「ベニイモタウン」をどうぞ!!!
「ナオキ屋 ベニイモタウン」
URL: http://jp.youtube.com/watch?v=RMlUevqJYkg
FMよみたんの仲宗根局長をはじめスタッフ、パーソナリティ、そしてリスナーのみなさんには大変お世話になっています。これからもよろしくお願いしますm(__)m
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タグ :FMよみたん
2009年05月20日
踏まれ続けたヤツ(クイズ解答編)
こんにちは~!!今日は先日出題したフルムンクイズ「これはなんでしょう(5/15記念)」の解答編です。
沖縄の本土復帰記念のプレートがついた、ある物体についての出題でした。
改めてですが、右の画像の物体は何でしょうか?
今回の解答者は、ぷー太郎 さん、魔茶呼 さん、猫猫 さん、ちゃりんちゅコウ さんの4名でした。みなさま本当にありがとうございました!
ではさっそく、正解に行ってみましょう。
この物体の上部から徐々にカメラを引いてみます。
↓
↓
↓
・・・ということで、答えは「タニタの体重計」でした!
ヒントが簡単だったせいか、ナント解答者全員がそろって「体重計」の答え。
当然全員正解!と言いたいところですが、全員「タニタ」というメーカー名が抜けてますので、今回は全員不正解にしたいと思います(^^;) すみませ~ん。みなさんの怒りの顔が目に浮かびます(^^;)
またそのうちクイズを出題しますので、そのときにリベンジよろしくお願いしますm(^^)m
さて。この体重計「タニタ君」は今から37年前、僕の母が公立学校共済組合から沖縄の本土復帰の記念品としていただいたものです。後付けだと思われる「復帰記念 公立学校共済組合」のプレートが嬉しいですね。当時の組合員全員に配られた物で、決して学校からカッパラッた物ではないということですので、あしからず(^^;)
補足ですが、「タニタ君」という名前は今思いつきました。この体重計の仮名ということでヨロシクお願いしますm(__)m
・・・ということで、このタニタ君は沖縄が本土復帰した直後にわが家に来て以来、今日までず~~~っと家族に踏まれ続けています(--;)
しかし大げさに言うと、彼の存在なしでは僕らの健康もないわけで、彼には大変感謝していますm(__)m
もともとは目盛の覗き窓の部分に透明のプラスチックカバーがついてましたが、外れてどこかに行ってしまいました。スチール部分もサビだらけで、まさしく満身創痍の状態です。しかし改めて見ると、結構モダンなデザインですよね。ムダな装飾のない、ただ乗るためだけのシンプルなデザイン。色がオレンジってのもナイスです。
この頃の生活用品や電化製品にはオレンジや赤などのビビッドな色が採用されることが多かったみたいですね。ちなみに以前紹介したナショナル掃除機「青いチリプル」MC-301Fや三協ドラム式デジタル時計「SANKYO SOLID STATE」の文字色もオレンジ色でした。わが家にはオレンジ色の雑貨や電化製品がいくつかあるので、残りのものもいずれ紹介したいと思います。
あと、この「タニタ」ロゴマークにも注目です。現在ではローマ字表記で「TANITA」になっていますが、このカタカナロゴでは角ばった斜めデザインが施されていて、かなりカッコイイです。
残念ながら型番や製造年などの細かいデータが記載されていないので、この体重計の詳細は分かりません。
さてさて、ついでにこの体重計「タニタ君」に乗ってみることにしました。
擬音化が困難なあの独特のバネ音とともに盤が回り、即座に計測完了。
・・・オーバー80kg!(--;;;;) ちょっとブレてます(--;;;;)
実際、素っ裸になってタニタ君に乗ると、かろうじてアンダー80kgですが、それでもかなりのダイエットの必要があるみたいです(^^;;)
この体重計は今後も引き続き使用する予定なので、ブッ壊れない限りずっとずっと家族に踏まれ続けることでしょう。タニタ君、これからもよろしくお願いしますm(__)m
ここでYouTube動画に行ってみたいと思います。現代のTANITAのハイテクヘルスメーターです。技術はここまで進歩しているんですね。いや~、スゴイです。
「体重計」
URL: http://jp.youtube.com/watch?v=Q-tjg91iBm8
あと、せっかくですから、タニタのホームページ(会社沿革)を紹介します。アンティーク体重計の画像もあります。もともとは貴金属宝飾品や真鍮製のシガレットケース(欲しい!)等の製造販売からスタートし、トースターや体重計も手がけるようになったそうです。
「株式会社タニタ:沿革」
リンク先:http://www.tanita.co.jp/company/history.html
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タグ :クイズ
2009年05月15日
これはなんでしょう(5/15記念)
こんにちは~!!
ナント、本日2回目の更新ですv(^^)v
(本日1回目の更新は「褐色の爆撃機(その2)」です^^;)
ところで、本日5月15日は沖縄の本土復帰37周年記念日です。
僕もいわゆる「復帰っ子」なので、せっかくですから復帰に関連する何かを・・・。

・・・ということで突然ですが、ここで久しぶりのクイズです(^^;)
上の画像の物体はいったい何でしょうか?
わが家では今でも現役バリバリです¥(^^)¥
ですが、これだけではちょっと分かりにくいですよね?(^^;;)
別の部分を見てみましょうか。

あ~~~、これでバレたかな?
・・・ということで、みなさんの解答をお待ちしています!
お手数ですが、コメント欄に書き込んでいただけるとありがたいです。
正解者には、抽選でお一人様に豪華フルムン景品をプレゼント!(^^;)
今回は選択肢はナシということでヨロシクお願いしますm(^^;)m
解答編は3~4日後を予定していますので、よろしくお願いしますm(__)m
最後に、YouTube動画に行ってみたいと思います。
せっかくの記念日ですので、沖縄本土復帰関連の記録映像を2本どうぞ。
「映像でつづる復帰30年」(再掲載)
URL: http://jp.youtube.com/watch?v=73Q_H2e-0HA
「1973年 若夏国体(沖縄)」
URL: http://jp.youtube.com/watch?v=i32LOXWyccQ
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ところで、本日5月15日は沖縄の本土復帰37周年記念日です。
僕もいわゆる「復帰っ子」なので、せっかくですから復帰に関連する何かを・・・。
・・・ということで突然ですが、ここで久しぶりのクイズです(^^;)
上の画像の物体はいったい何でしょうか?
わが家では今でも現役バリバリです¥(^^)¥
ですが、これだけではちょっと分かりにくいですよね?(^^;;)
別の部分を見てみましょうか。
あ~~~、これでバレたかな?
・・・ということで、みなさんの解答をお待ちしています!
お手数ですが、コメント欄に書き込んでいただけるとありがたいです。
正解者には、抽選でお一人様に豪華フルムン景品をプレゼント!(^^;)
今回は選択肢はナシということでヨロシクお願いしますm(^^;)m
解答編は3~4日後を予定していますので、よろしくお願いしますm(__)m
最後に、YouTube動画に行ってみたいと思います。
せっかくの記念日ですので、沖縄本土復帰関連の記録映像を2本どうぞ。
「映像でつづる復帰30年」(再掲載)
URL: http://jp.youtube.com/watch?v=73Q_H2e-0HA
「1973年 若夏国体(沖縄)」
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タグ :クイズ
2009年05月15日
褐色の爆撃機(その2)
ここしばらくブログが仮死状態になってまして、ご迷惑をおかけしています。
僕自身は一応どうにか生きています(^^;)
友人たちから「ブログはどうした?」と言われシドロモドロな今日この頃です(--;)
今日は、前々々回記事「褐色の爆撃機(その1)」に引き続き世界ヘビー級王者ジョー・ルイス(Joe Louis)第2弾です。「その1」から一ヶ月後の更新でまことに申し訳ありませんですm(__)m
・・・ということで、記事の冒頭の画像は、ジョー・ルイスの防衛戦の様子です。すでに前々回のお詫び記事でも紹介しましたが、アメリカの写真雑誌「LOOK」1938年12月20日号の記事から再掲載ということでご了承ください。この防衛戦は、ルイスがタイトルを獲得して2カ月後の1937年8月30日に行われたトミー・ファー(Tommy Farr)との初防衛戦です。ルイスがファーの横っ面に力強い左アッパーをぶつけている強烈な写真ですが、この試合の結果は15R判定でルイスの勝ちでした。ファーもなかなかの強豪でタフなボクサーだったようです。
さて、前々々回記事では、ジョー・ルイスが1930年代後半から1940年代にかけて世界ヘビー級王座を25度も防衛した偉大なボクサーであることを紹介しましたが、今回は「LOOK」1938年12月20日号でのジョー・ルイスの特集記事について、改めて取り上げてみたいと思います。
念願の王座奪取から2年経過した後も着実に防衛回数を重ね、同年6月22日に行われたマックス・シュメリングとの世紀の一戦に勝利したルイスについて、その人柄と今後の展望が書かれています。
全4ページの短い記事なので、まとめて画像を掲載したいと思います。

まず左側のトップページですが、これはすでに「褐色の爆撃機(その1)」でも紹介しました。このコブシの写真は何度見てもインパクトがあります。その凛々しい姿とアイスクリームを食べるかわいらしい顔の対比が見事です。
このように、この特集記事では全編を通じて王者ルイスの勇ましさと親しみやすさを織り交ぜながらページが進行しています。
右側のページに目を移すと、ルイスがのんびりとくつろいでいる様子と試合時の勇ましい姿が掲載されています。
ここで注目は右下の写真。1930年代の野球のユニフォーム姿のルイスがバッティングをしている写真です。ボクシング世界王者のユニフォーム姿というのもなかなか珍しいのではないでしょうか。
ところで、ルイスの後方のキャッチャー役の人物はフェザー・ライト・ウェルターの3階級同時制覇王者ヘンリー・アームストロングです。残念ながら記事中にはアームストロング本人の名前が明記されていませんが、顔つきや服装、その他身体的特徴からヘンリー・アームストロングだと断定します(^^;)
ということは、この写真、実はヘビー級王者と中量級3階級同時制覇王者の2ショット!
例え話をするならば、70年代のモハメド・アリとロベルト・デュラン、はたまた80年代のマイク・タイソンとシュガー・レイ・レナードの組み合わせに匹敵するほどの超豪華な組み合わせです。

ページをめくって3ページ目と4ページ目です。
3ページ目はガールフレンドとの写真、ハットを被るダンディーなルイス、そして対戦相手が打ちのめされている様子が掲載されています。ある意味残酷なレイアウトで勝者と敗者のコントラストを明確に示しています。
そして同ページの下段中央の写真はマックス・シュメリングとの防衛戦の様子です。
この試合は第二次世界大戦前の当時緊張関係にあったアメリカとナチス・ドイツ両国間の代理戦争であり、ルイスのリベンジ戦(2年前の対決はシュメリングの12RKO勝ち)でもある重要な防衛戦でした。当時のフランクリン・ルーズベルト大統領とアドルフ・ヒトラー総統もこの一戦に大きな興味を示しました。
それぞれの国の代表者として戦わなければならない両選手にはケタ違いのプレッシャーが重くのしかかり、もはやスポーツとは言えない過酷な状況になったことでしょう。現代では考えられないことです。
だってそうですよねぇ。直接国家元首から「君に期待しているゾ!」と肩を叩かれたら皆さんどうしますか?(^^;) 僕が当事者だったら一目散で逃げ出してると思います(^^;;)
そのような異様な雰囲気の中で試合が行われ、結果はルイスの電光石火の1ラウンドKO勝ち。一躍国民的英雄に躍り出ました。
両者の実力差がそれほど大きかったとは思えませんが、当時のルイスは心身ともに充実期にあり、ホームフィールドアドバンテージなどの条件も重なって、このような結果が引き出されたと考えられます。
その二人についてはウィキペディアでも取り上げられています。参考までに記事のリンク先をどうぞ。
「ジョー・ルイス」 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%82%B9
「マックス・シュメリング」 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0
最後に4ページ目(上画像右側)を見てみましょう。このページではルイスの今後の展望として当時のミリオンダラーアスリート4人を引き合いに出しています。
ちなみにその4人とは、ベイブ・ルース(Babe Ruth:言わずと知れた大リーグの偉人)、ジャック・デンプシー(Jack Dempsey:デンプシーロールの元祖で「マナッサの殺し屋」の異名を持つ国民的ヘビー級王者)、ジーン・タニー(Gene Tuney:デンプシーのライバルで、対デンプシー2戦2勝の「戦う海兵隊員」)、ウォルター・ヘイゲン(Walter Hagen:プロゴルフ界の伝説)です。
4人のうち2人がプロボクシングのヘビー級王者ということで、当時のヘビー級王者のステイタスがどれほどのものか良く分かります。
当時ルイスはこの巨星4人に匹敵するほどの可能性を秘めていて、全国民から大いなる期待がかけられていました。
結果的にはその後10年間もヘビー級王座を維持し続け、上記4人に勝るとも劣らない巨星として歴史にその名を刻みました。
ここでYouTube動画です。ルイスvsシュメリングの第1戦と第2戦を見てみましょう。
第1戦で打ち終わりの隙を突かれて敗北したルイスは、第2戦では無駄のない完璧な戦い方を展開します。
第2戦はシュメリングの良さが出ないまま試合が終わってしまいますが、第1戦でのシュメリングはすばらしいです。
「Joe Louis vs Max Schmeling I」
URL: http://jp.youtube.com/watch?v=lihT_ewxVko&feature=related
「Joe Louis vs. Max Schmeling II」
URL: http://jp.youtube.com/watch?v=6StIjEli_vU&feature=related
今回はもう一つ。両者の対戦をまとめたドキュメンタリーフィルムがありました。9本の分割ファイルですのでちょっと大変ですが、ボクシングファンは必見です。英語ですが当時の雰囲気も味わえて大変興味深いです。当ブログではとりあえず最初と最後だけ掲載しておきます。
「Joe Louis and Max Schmeling - a history (part 1 of 9)」
URL: http://www.youtube.com/watch?v=dt7j2bzUNOQ&feature=related
「Joe Louis and Max Schmeling - a history (part 9 of 9)」
URL: http://www.youtube.com/watch?v=HJmHr5pcc4Q&feature=related
・・・いかがでしたでしょうか。
実は、ルイスの記事は「その3」まで予定しています(^^;) しつこくてすみませんm(__)m
とは言ってもすぐの更新ではなく、いくつかの記事を挟んだ後に出したいと思いますので、ご辛抱のほど、よろしくお願いしますm(__)m
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